以前あら竹が所有していた 蒸気機関車C11312 鉄路の変遷 |
HN 松原遊士様より拝借
出展HP「思いで鉄道探検団」
このころのこぼれ話
映画出演したC11312〜♪”
昭和46年4月公開の
東宝映画「誰のために愛するか」
(原作:曽野綾子)で
酒井和歌子・加山雄三・森光子などと競演。
冬の会津の厳しいロケだったそうです。
(813列車様より)
あら竹搬入前 多気駅待機
遠く福島県会津から鉄路を走ったC11312は
設営準備が整うまで
多気駅の車庫で搬送の手はずの完了を待ちました。
上2枚 永富伸弘様、良弘様のご兄弟より拝借
あら竹搬入作業
あら竹に保管の作業記録アルバムより
昭和50年から63年まで三重県松阪の
ドライブインあら竹に
展示保存。
ドライブインの移転時期に、たまたま旅行をしていた
大井川鉄道関係者の目にとまり
再度、蒸気機関車として復活することになりました。
昭和62年10月大井川鉄道譲渡決定
昭和63年3月大井川鉄道へ搬入
昭和63年7月大井川鉄道で運行開始
現在の大井川鉄道での雄姿
上2枚 HN 吉野富雄@直江津様より拝借
出展HP「五条川鉄道」
上2枚 高ニのロクニ様より拝借
上2枚 草凪みかん様より拝借
出展HP「煙の絵日記」
最新のこぼれ話
平成15年春公開の東宝映画
篠田正浩監督最後の作品「スパイゾルゲ」に
C11312がまたまた出演しています。
昭和初期の日本を象徴する機関車のシーンは
映画でも印象的でした。
近江・松阪・会津の因縁
蒸気機関車C11312は
会津から松阪にやって来ました。
また、松阪の町の基礎を築いた
戦国時代の武将、蒲生氏郷は
松阪に赴く前は近江の国を治め
松阪の次は会津を領地としました。
近江では商人(あきんど)を育て
のちの日野商人の礎となりました。
蒲生氏郷の転地と共に
松阪に移住した日野商人は
松阪の町を大きく発展させました。
その名残で松阪駅前の地名は「日野町」。
現在でも、駅弁のあら竹は
松阪市日野町にあります。
C11312を国鉄から購入したあら竹2代目社長
新竹亮太郎は婿養子で
生まれは近江(現在の滋賀県愛知郡)でした。
近江から松阪にやってきて、駅弁屋となりました。
蒸気機関車C11312と
近江・松阪・会津の3つの町とを
結ぶこの符合性に
少なからず、なんらかの力の関与を覚え
宿世の縁を感じずにはいられません。
まさに、数奇な運命でしょう。
編集後記
このたびの新コンテンツ作成にあたりましては
たくさんの鉄道ファンのみなさまに
ご声援とご協力をいただきました。
駅弁屋として、こんなうれしいことはありません。
大切な画像を拝借いたしましたみなさま
情報をくださったみなさま
そして、ご覧いただきましたみなさまに
心から感謝申し上げます。
お借りしました画像はたいへんきれいで
迫力満点のものばかりでした。
しかしながら、私のつたないPC技術では
お見苦しい点が多々ありますことを
お断り申し上げます。
画像を拝借いたしましたみなさまには
申し訳なく思っております。
また、スペースの都合上
すべての画像を掲載することが
かないませんでしたことも
重ねてお詫び申し上げます。
駅弁屋はお客様に応援していただいて
こその商いと存じております。
みなみなさまから頂戴した
ご支援の心を大切に
今後も、地道にこつこつと
松阪の名物駅弁を守って参る覚悟です。
このたびのご縁・真心の輪に
深く御礼申し上げます。
長らくのご乗車
誠にありがとうございました。
《 2007年9月9日加筆
》
残念ながら、C11312は
2007年(平成19年)9月8日をもちまして
現役を引退することとなりました。
牽引機のお役を終え、今後は、静かに
大井川にて仲間の蒸気機関車のお役に立てるよう
「静態保存」されます。
詳しくは、こちらをお読みください。
〈 読 み も の 〉
おじいちゃんの機関車
〈 ヒ ス ト リ ー 〉
駅弁のあら竹物語
〈ぴーちゃんの訪問記〉